がんによる死 

東大病院放射線科準教授・中川恵一氏の「死を忘れた日本人」(2010年、朝日出版社)の出だしは、『「ねがわくは花のもとにて春死なん その如月の望月のころ」と詠った西行を引き合いに出すまでもなく、日本人は、死を意識して生きてきました。死は自らの心の中にも、生活の中にも、存在していたのです。』である。昔は死は日常的に溢れていたのだが、現代の核家族では、家庭に老いはなく、今や病院死が85%だ。この視点でこの本は、広く日本の死を扱っているのだが、ここではその一部、「がんによる死」を私なりにまとめてみた。
1. 人間の体は約60兆個の細胞からなる。その1%が毎日死に、その分を細胞分裂で補っている。この際DNAが正確にコピーされる必要があるが、コピーミスが起こり、これが積み重なると「不死細胞」(がん細胞)が出来てしまう。人間の体内では毎日5000個の「がん細胞」が出来ているが、それを免疫細胞(リンパ球)が見つけ退治してくれる。しかし、これも万能ではなく時に「がん細胞」を見逃してしまう。又加齢と共に免疫機能が低下する。長年のDNAコピーミスの蓄積と免疫細胞の老化が、高齢者にがんが多い理由だ。
2. ある日生まれたたった一個の細胞(10ミクロン)からがんが始まる。細胞分裂により倍々で増えて行き、1cm3になるには10億個のがん細胞が必要になる(10μ3×X=1cm3)。その為には30回の細胞分裂(230≒10億)が繰り返されなければならず、乳がんなら約15年かかる。それが2cm3の大きさになるには3回の細胞分裂(1.5年)で済んでしまう。すなわち、発見される大きさ1cm3になる迄には長時間を要するが、それ以降は早いのだ。胃がん・大腸がん・肺がんは年一回、女性の乳がん・子宮頸がんは2年に一回のがん検診が基準になっているのだが、欧米では80%近く行われているものの、日本では20%と低いのが実情だ。
3. がんはたった一つの細胞から始まるが、増殖を繰り返している中に突然変異が積み重なって、がん細胞の間に個性が出て来る。がんにとって過酷な環境は「がん治療」であり、弱いがん細胞は「がん治療」に負けて死に、この時には腫瘍マーカーの数値が下がったりする。しかし治療に屈する事なく生き残る強いがん細胞も出て来る。一度抗がん剤治療か放射線治療を行った後に再発したがんに対しては、その後の放射線治療は効きにくくなる。更に言えば、転移がんはもっと強力で完治は難しくなる。早期のがん治療は、鳥かごの中の鳥を捕まえるようなもので比較的簡単だが、転移したがんは鳥が部屋から出て行った状況に似ていて、転移したがんは治らない確率が高い。
4. 遺伝的理由によって出来る「家族性腫瘍」と呼ばれるがんは全体の5%に過ぎない。がんにならない生活習慣は、?禁煙、?禁酒(酒で顔が赤くなる人は食道がんの危険は10倍)、?塩分控え目、?適度の運動、などである。
5. 日本ではがんを恐れる人が多いが、米国では「心臓病でコロリと死ぬのはご免だ、がんで死にたい」と言う人が多い。がんはゆっくりと死に向かって行く病気だ。米国ではがん患者の痛みをとる治療(緩和ケア)がきちんとされており、人生の仕上げをするだけの時間が与えられるようになっている。いずれにしても、生活習慣病対策とがん検診とで、未成熟な死を避けて長生きするのが大事だ。年齢と共に死は自然となって受容出来るようになる。
6. 読後感想 : 筆者の母親は38才の頃乳がんとなり手術を受けたが、残念ながら肺に転移していて余命数年だった。がんは嫌だなと思っていたが、この本で正確な知識が得られ幸いだった。