三角縁神獣鏡                             


5月の中旬頃のいくつかの新聞に「三角縁神獣鏡」の事が出ていたのをご記憶でしょうか。見出しを列記すると以下のようである。「卑弥呼の鏡は中国製?」「製作地論争に一石」「深まる古代史の謎」「邪馬台国所在地論争に波紋」「Spring-8威力発揮」「強力X線照射で高精度分析」「微量元素測定・青銅の成分ほぼ一致」「文化財傷つけず測定」 まずこの鏡とやらの解説だが「縁の断面が三角形で、神仙思想に基づく神像や霊獣の文様が背面にある大型青銅鏡で、景初三年(西暦239)・正始元年など魏の年号を持つ例がある。卑弥呼の使いに魏の皇帝が鏡百枚を贈ったのは景初二年とか三年だと、魏志倭人伝に記されており、その為三角縁神獣鏡は「卑弥呼の鏡」とも呼ばれる。近畿を中心に全国で出土し、邪馬台国畿内説の有力な物証とされる。」とある。この測定を行なったのが泉屋博古館(センオクハクコカン)とあり、それは京都市左京区鹿ケ谷下にあるのだが、住友家が多年に亘り収集した中国古代の青銅器を中心に様々な文化財を保存し、学術的研究を行なうと共に一般に公開している博物館なので、たまたま面談の機会のあった当代家長住友芳夫氏に伺い、新聞記事の元となった論文を頂戴した。
  それは「Spring-8を利用した古代青銅鏡の放射光蛍光分析」と題し今年3月31日発行の泉屋博古館紀要抜刷で、同館所蔵の中国鏡69面と国産鏡18面、計87面の写真が載っていて、これらにSpring-8兵庫県播磨科学公園都市に1100億円で建設され、1997年から供用された放射光施設で、一周1400mの円筒内で電子を光速近くまで加速し、X線など強力な放射光を発生させ得る)の強力X線を照射し、放射される元素毎に固有の蛍光X線を測定したという。70keVの高エネルギー入射X線により、青銅鏡表面から1mmの深さの位置でも減衰は1/2のみなので、錆などの影響を避けながら微量成分を高精度で測定出来るそうだ。青銅の主成分の一つである錫(Sn)にどのような不純物が入っているか、によつて産地を弁別しようというわけで、対象不純物を銀(Ag)とアンチモン(Sb)とし、Ag/Snを縦軸、Sb/Snを横軸に87点プロットすると、不純物の少ない領域に中国鏡が、多い領域に国産鏡が集まり、かなり明瞭に区分された、というのがこの論文の結論である。
  この論文はそこで終わっていているのだが、泉屋博古館には三角縁神獣鏡が8面あり、その測定結果が後日公表され、新聞で報じられたのはその事についてなのである。8面の中6面が前述の中国産の領域にプロットされ、残り2面は元々粗悪で国産かと言われていたのだが、案の定国産領域に入ったと言うのが結論であって、中国では一つも見つかっていない事から全てが国産だと主張していた考古学会の一派にはショックだったようである。
  それはさておき、写真だけでなく実物を見たいものと知人に頼んで先日泉屋博古館を案内してもらった。ガラスケースに入って展示されている現物も迫力があったが、帰りがけに購入した銅鏡写真集の全てが、古いものは今から三千年前のものなのに、極めて精巧で微細な模様を持つ鋳造品である事が分かり、さらに感銘深いものであった。今の江沢民の中国はともかくとして、大昔の漢民族はやはり大した民族だったわけだ。