立派な教科書            

同業(工業ガス)の米国P社M氏から先日思いも寄らぬそして大変興味深い贈物を頂戴した。AISE Steel Foundation 1999年発行の The Making, Shaping and Treating of Steel (MSTS)--第2分冊[Steelmaking and Refining Volume]という767頁の大冊である。M氏は以前USSteelの製鋼技術者だったし、同書の部分的執筆者なのだが、私も以前は鉄鋼会社の研究者でUSSteelを何度か訪問したことがあると知って、訪日に際しわざわざ持参してくれたという次第。私が住友金属工業(株)に入社し中央技術研究所に配属されたのは1960年であり、世界銀行からの資金と米国の大量生産技術の導入により、各社の一貫製鉄所が次々と臨海地域に建設され始めた時代であった。手取り足取りしてくれる先輩がいるわけでなく、我々新米研究者は毎月届く米英の技術論文や分厚い教科書を、目を皿のようにして繰り返し読んだものだったが、その中に第何版だったかのUSSteel発行のMSTSがあったのは忘れもしない。MSTSの初版刊行は1919年(大正8年)、第10版が1985年であるが、最近10年の技術の大変革を取り入れた今回の第11版は、質的充実は勿論で680編(日本人の論文99)の技術論文が引用され、ボリュームも製銑・製鋼・鋳造・鋼板製造・形鋼線材の5分冊の大著となっている事に、そしてまた鉄鋼業界関係者を対象読者とするのみならず大学生向けの立派な教科書である事にも感銘を覚えた次第である。
  感銘を覚えた教科書と言えばもう一つ挙げたいのがある。1989年に初版が出た、ネバダ大学のCengel・ノースカロライナ大学のBoles両教授の「Thermodynamics;An Engineering Approach」で、ASEEの優秀著作賞を受賞したそうだが、「図説―基礎熱力学(427頁)、応用熱力学(427頁)」の2分冊で1997-9年にオーム社から翻訳出版されている。熱力学の基礎概念・純物質の性質・熱力学第一法則(閉じた系)・同(開いた系)・熱力学第二法則エントロピー・第二法則の工学的応用・ガス動力サイクル・蒸気動力サイクルと複合動力サイクル・冷凍サイクル・熱力学の一般関係式・気体の混合・気体と蒸気の混合と空気調和・化学反応・化学平衡と相平衡・高速流れの熱力学の各章からなり、図説と言うだけあってどの頁にも豊富に説明図が挿入されており、例題の解答も懇切丁寧で読者の理解を助けている。
  どんな学術・技術分野でも同様であるが、当該分野第一流の執筆者による水準の高い教科書の存在は、将来の更なる発展を促すその分野の活力を示していると思うが、そのような水準の教科書が日本から世界に向けて出版される事は滅多に無いようだ。大変残念な事である。