仕組まれた?日露戦争                       

 1988年に東洋経済新報社から出版された、ウッドハウス暎子著「日露戦争を演出した男モリソン」が昨年末に新潮文庫になり、仕組まれた日露戦争を検証する画期的労作、との事なので早速読了、以下は読後感である。まずモリソンだが、1862年生まれの豪州人、1897から1920年までの23年間動乱の北京で、前半15年をロンドンタイムズ紙の北京特派員として、その後1912年からは4代にわたる中華民国大総統の政治顧問として縦横無尽に活動した異能の人物。タイムズ社に送った記事の他、ニュー・サウスウェールズ州立図書館に寄贈された彼の日記・公私の書簡に著者は丹念に目を通し、日英米の外交文書を比較検討して修士論文を完成したが、本書はこれを基に執筆された。
 『大英帝国自治領だった豪州の平和と安全の為には、英国のアジアにおける地位が維持されなくてはならないが、ロシアの南下がそれを脅かし始めている。同じくロシアの南下に悩む日本を刺激して、日本にロシア征伐をしてもらおう』というのがモリソンの基本スタンスであるが、第1章「世紀のスクープ」は、『1901.1.3、ロンドンタイムズの北京特派員モリソンは「露と清国が満州に関する協定を秘密裡に調印した」との事実をタイムズ紙上ですっぱ抜いた。同時に社説は、露は清国の満州行政機関を傀儡化する事によって事実上の満州支配権を得ようとしていると警告。一方日本の万朝報は「正に来たらんとする一大危機、露の満州支配は東亜の和平を撹乱す」と報じた』などで始まる。紆余曲折の後、露清条約締結を露は断念するのだが、しかしその後のあの手この手の露の南下は止まるところを知らず、数世紀に渡って築き上げられて来たアジアにおける英国の優位が脅かされつつあるのは事実で、この露の南下が日英同盟を生む事になるが、露を牽制したい独もこれを仲介している。この後、朝鮮を狙う露・開戦への駆け引き・日本ついにアタック・満蒙馬賊の懐柔・旅順陥落・奉天占領・ルーズベルトの思惑・日本が勝ち過ぎないうちに・日本海海戦・ポーツマスのモリソン・情報操作の巧拙・妥協の限界点・両国全権帰国準備・和平成立・武力で勝って外交で負ける・ミカドへのガーター勲章贈呈など、欧米側から見た日露戦争の内幕といった記述がユニークである。
 巻末の解説欄執筆は櫻井よしこ氏であり、例によって以下のように歯切れがいい。「百年前、欧米列強と肩を並べるべく飛翔を続けていた日本が如何にして大国の露と戦い勝利したか、ポーツマスでの講和交渉で如何に暗転敗退したかを辿る事は、現在の日本の姿を見るように迫って来る。・・・列強の狭間にあって呑み込まれない為には彼らと伍するしかなく、全てにおいて対等たらんとした日本の思いと努力は、今振り返っても愛おしい。・・・著者が強調するキーワードは国益だ。ルーズベルトが親日的態度で和平を仲介してくれたなどと有り難がる必要は全く無く、日本に大勝させるか、辛勝させるか、それともとことんやらせるか、思案しつつあったのだと著者は指摘する。・・・モリソンの考えた英国の為の世界戦略・列強の帝国主義の中での日本の身の処し方・帝国ロシアの戦術・米国の台頭などなど、国益を左右する展開に胸を高鳴らせ、日本人としての「興奮と落胆と誇り」のないまぜの中で本書を読み通した。それはそのままに現代の国際政治の力学を教えてくれる。南下する露の替わりに海洋に展開する中国がいて、日英同盟の替わりに日米同盟があると考える事は容易に可能だ。国際社会の価値観は変化したが、国益によって各国が突き動かされる構図は百年前と何ら変わらない。一世紀前の日露戦争を振り返り、文庫本に生まれ変わった本書から、多くの読者が多くの教訓を掬い上げ、二十一世紀の日本と日本人の在り方に生かして行かれる事を切望する。」という櫻井氏の主張には諸手を挙げて賛成だ。今年こそ百年前の日本海海戦勝利(5月)・ポーツマス条約調印(9月)に国民一人ひとりが思いを馳せ、世界が動くのは国連を通してなどではなく、今でも依然として各国の国益である事を改めて肝に銘じたいものだ。