日本一広大な十津川村

国道168号線を南下して奈良県南部の十津川村に入ると、まず十津川一の観光名所「谷瀬の吊り橋」のその長い事に少々驚く。川の流れからの高さは54m、長さ約300m、木の板三枚を対岸迄並べたもので、一度に20人以上は吊り橋内に入らないようにとの事。昭和29年完成の生活用吊り橋だが、それ以前は丸木橋だった為流される事が多く、住民は金を出し合い800万円で完成させたそうだ。朝早かったので近くに誰も居らず、吊り橋写真の中の一人は私自身だが、この後観光バスがやって来てぞろぞろと対岸近く迄歩く人々で直ぐ定員一杯になった。
 早々に切り上げて更に南へ向かう。峡谷にへばりつくように肩を寄せ合う集落、屹立した嶺〃の中腹に点在する民家、奈良京都から遠く離れ「陸の孤島」と言われて来た十津川村は、96%が山林なのだが日本一地広大な村だ。風屋ダムを過ぎ、550年の歴史を秘めた湯泉地(トウセンジ)温泉を通過して、目的地十津川温泉(下の写真)に到着、川に沿っての蛇行とは言え、村を縦断するのに一時間半を要した。この紀伊半島の山襞が深く刻まれた仙境に湯煙を上げる十津川温泉は、元禄年間に炭焼きの村人によって発見され、奈良で数少ない正統派の名湯といっていいが、昭和37年十津川を堰き止めた二津野(フタツノ)ダム(堰堤高さ76m・長さ210m・落差90mで発電5.8万kw)が完成して以来、一躍脚光を浴びるようになった。写真の5階建が一泊した旅館だが、4階の部屋からは広角でエメラルドグリーンのダム湖面を望め、対岸の急峻な山の樹林が迫って来、そしてこの日は桜が満開で鶯が上手に鳴き続けている。久し振りの深山幽谷秘境の長閑な体験であった。
 翌朝車で30分の玉置山(1076m)に向かう。関西百名山の一つで、十津川温泉から標高差900mもあるので本来なら一日かかりだが、今回は頂上直下の玉置神社参拝が目的なので車で行く。広い駐車場がありそこから20分で境内に着く。雨はまだ降り始めてはいないのだが、霧模様でそれが又霊峰に相応しい。崇神天皇の時代に王城火防鎮護と悪神退散の為創建されたと伝えられているが、858年以降神仏混淆となり、役行者弘法大師・智証大師などがこの地で修行したとある。ここは吉野から山上ヶ岳・大普賢岳・弥山・八経ヶ岳・釈迦岳そして最後に玉置岳を経由して熊野本宮大社に至る全長170km奥駈道の最後の山であり、神社境内の神代杉は樹齢3000年とも言われ、胸高幹囲8.7m・高さ40mと測定されている。重要文化財社務所の他十余りの建物があり、最後に杉の一枚板に描かれた狩野派の華麗な襖絵を見せて貰って辞し、山上迄登ってから帰り道を駐車場迄降りる。初夏の石楠花が見事との事、もう一度その時期に訪ねたいものだ。