リチャード・クーの経済談義       

財政出動を何回やっても景気回復せず赤字だけ残るばかりで、大勢は公共投資削減の小泉改革賛成に回ったのにも拘わらず、依然として財政出動を言い続けた為、さっぱりメディアから声が掛からなくなったクー氏の講演を初めて聴講したが、得意のバランスシート不況論を展開し、なかなか意気軒昂なものがあった。興味深い経済トレンド図がいくつもあったが、ここではその要旨を述べる。
(1) バランスシート問題を起こしたのは資産価値の下落だが、1990年をピークの100 として、東証株価指数は現在のところマイナス46%、六大都市市街地土地価格マイナス87%、ゴルフ会員権マイナス94%。この間土地と株式の累積キャピタルロスは1400兆円という巨額に上った。
(2) バランスシートを少しでも改善しようと、日本企業はゼロ金利にも拘わらず借金返済に走った。銀行の企業向け貸出残高の対名目GDP比はバブル期の85%に対し、現在は50%迄落ちた。部門別に見た資金過不足の推移を見ると、貯蓄を取り崩しながら家計の資金余剰は徐々に下がったが、法人部門が資金不足から資金余剰へ激変した為、このバランスを財政赤字で取りながら過去15年間、大恐慌を防いで来た。ここへ来てやっと企業の借金返済が止まり借入れに転じた。
(3) バブルとバランスシート不況の景気サイクルは以下の通り。[(a)バブル (b)金融引締め等でバブル崩壊 (c)資産価値暴落で負債増、バランスシート不況に突入 (d)企業は債務最小化へ動き、主役は財政政策 (e)その内企業の借金拒絶症が解消し、前向きの資金調達へ (f)経済政策の主役が財政から金融政策へ (g)好況の中で民間が元気に (h)自信過剰になった民間がバブルを引き起こす危険]  現在はこのサイクルの(d)から(e)へ向かう段階で、日本は今バランスシート不況の最終局面にあると。
(4) 米国も企業は金を借りないし、ドイツも同じ。欧米も今バランスシート不況になっていてそこからの脱却を図っている。今は日本が一番健全な状態にある、というご託宣。それにつけても、財政再建を急ぎすぎて元の木阿弥にするな! と言う事のようで、この主張は全然変わらず。
 早速図書館で「デフレとバランスシート不況の経済学」なるクー氏の著書を借りて論旨を復習してみる。
(イ) エコノミスト等は財政政策や金融政策で景気が回復しないなら、問題は構造的なものに違いないと言って来たのだが、実際の指標を見るとバランスシート修復論の方が辻褄は合う。
(ロ) 企業が借金返済に走ったら、財政出動大恐慌を防ぐ必要がある。赤字が増えても国が破綻するよりはマシ、我が国の国債は自国通貨建てで日本人が買っているのであり全く問題ない。
(ハ) 財政赤字を怖がって財政再建を急ぎ過ぎるのが今一番危険。(この主張は現在の自民党政調会長に受け継がれている。「膨大な財政赤字は大変だ!」に私は同調して来たが、どっちが本当?)
(二) 企業が借金拒絶症から脱して投資活動再開するに当たって、中国で無く日本に投資したくなる為には、日本の高コスト体質を直さなくてはならない。政府の財政支出は民間企業のコスト削減に役立つ事業に向けられるべき。例えば空港アクセスを含めて都市の交通渋滞緩和など。本当の構造改革は、それにより日本が投資対象国として魅力ある国に生まれ変われるか否かだと。
(ホ) 「消費は美徳、貯蓄は悪徳」のキャンペーンをやるべき。企業が金を借りないのに家計が貯蓄しては経済が恐慌に向かうので、代わって政府が家計部門の貯蓄を借りて使わざるを得ない。その結果膨らんだ財政赤字は将来の税金でまかなわれざるを得ない。一方貯蓄せずに消費してしまえばその分将来の税金が減る。今自分で使うか、将来結局税金で取られるか、どちらかだよ、あなたはどちらがいいと思いますかと国民に問え、(難問だ) とクー氏は言うのだ。
理屈上は氏の言う通りのような気がするが、貯金が無くては将来不安だし、悩ましい事だなー。