日本も自主的な核抑止力を          

 息もつかせず読まされてしまった新刊書に出会ったので、取るものとりあえず要旨をご報告したい。1953年生まれ、東大経済学部卒、コーネル大学で米国政治史などを学び、そのまま米国在住で各紙に外交評論と金融問題を執筆している伊藤貫氏著「中国の核が世界を制す」PHP研究所である。第三章・第五節「日本も自主的な核抑止力を」が私の見立てでは要旨であり、『2020年以降、米政府が、中国共産党の傲岸な対日政策から日本を保護しようとするかどうかは疑問である。今後米中間の軍事力バランスは中国に有利な方向にシフトしていくからである。また、米政府が「東アジア地域において日本だけは自主的な核抑止力を持ってはいけない」という態度を続ける限り、北朝鮮による日本人拉致問題も解決しないだろう。「核武装国は非核の国に対して拒否権を行使できる」というのが国際政治の現実である』と筆者は言い、以下の5点のロジックで米国の各分野の要人と議論をしてきたそうである。
(1)日本は独立国です。中朝露のような非民主的な武断主義国家に脅かされている日本が、独立国の当然の義務として自主的な核抑止力を得ようとする時、アメリカ人はそれを妨害する資格があるのですか? それともあなた達は日本が独立主権国である事を認めないのですか?
(2)もしあなたが日本人だとしたら、自分の国が中朝露三ヶ国の核ミサイルに威嚇されている状況をどう思いますか? 「こんな状況はあまりにも危険だ。自分の国は自分で守らなければいけない」と思うのではないですか? あなたは、日本人の国防の必要よりも米国の覇権利益を優先させている米政府の態度を、道徳的に正しいと思いますか?
(3)米国が1968年にNPT(核不拡散条約)を採択した時、この条約は「核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を破棄し、諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去する」事を目的として採択されたものでした。その後現在まで米中朝露の四核武装国は、このNPTを守って来たのだろうか? これを露骨に無視して核兵器を大量増産して来た米中が、なぜ日本に対しては、「お前達が核を持つと、NPT体制が壊れてしまうから駄目だ」などと、欺瞞に満ちたお説教をするのですか?
(4)米国政府は一方では「日本は集団的自衛権を行使せよ」と言いながら、それと同時に「日本には自主防衛能力・自主的核抑止力を持たせない」という態度です。これはあまりに利己的で狡猾な態度ですし、これは日本人の嫌米感情を強めます。
(5)1945年8月既に抗戦能力を失っていた日本に対し米国は二度の核攻撃を実施し、30万人の婦女子を無差別虐殺したが、これは明らかな戦争犯罪です。さて、現在の日本は四核武装国に包囲されていて非常に危険な状況下にあるのですが、前記のような米国が前記のような日本に対して「中朝露は核武装しても、お前達日本人にだけは核抑止力を持たせない」とお説教するのは、いささかグロテスクだと思いませんか?
筆者によれば、これら5点はすべて真実であり、これを持ち出すとアメリカ人は絶句してしまう人が多いと。我々は、パブリックな場で現実的な核抑止力の議論をして日本国民を教育すべきであって、筆者は、小学校生徒会レベルの「核廃絶は人類の悲願ごっこ」を続けるべきでないし、あと20年で米中の経済力は肩並べるが、その時中国の攻撃に対し米国は日本を守らないと断言する。そして、「小型駆逐艦や小型潜水艦に分散して搭載した巡航ミサイルに、小型の核弾頭をつける」という形式で日本が最小限の核抑止力を持つべきというのが筆者の主張だ。目先の利益を実現する商人的要素・安全と秩序を守る軍人的要素・真の価値を追求する哲人的要素が独立国家には必要だし、これら商・軍・哲の三要素のバランスをきちんと取る事が出来る国家だけが独立国として生き延びる事が出来る、という筆者の主張に私も強い共感を覚えるのである。