21世紀型企業が日本に生まれるか          

早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授・野口悠紀雄氏の「日本経済のゆくえ」と題する講演があった。世上よく景気回復が確実になったと言われるが、本物でない、という事であった。
(1) 景気の現状:原料と素材産業に偏った景気回復である。リストラ努力があったのは事実だが、中国の建設ブームによって価格が引き上げられた利益増であり、これは単に景気循環による回復であり、安心できない。日本の基本的経済は地盤沈下を続けている、また日本の国際的地位は下がり続けている、と氏は嘆く。
(2) 英国の改革:その昔、日本はトップだった。その時英国は国全体が博物館かと言われた時代だったが、サッチャーは「日本に学べ」と叱咤激励した。英国では1980年代まで何十年にもわたって、実業家・労働組合・官僚いずれもが改革を行う事に非常に強い抵抗を示し、既得権益を守ろうとしたのだが、サッチャーの登場以降二十年間の規制緩和による着実な経済成長により、今英国には真の意味の安定がもたらされたという。規制緩和で製造業が復活したわけではなく、金融業の発展で過去15年英国は景気拡大を続けているようなのだが、日本は一人あたりのGDPでついこの間英国に抜かれ、日本は今世界で16位だそうだ。
(3) アイルランド(人口400万人)の例:かつては欧州の最貧国とも言われたが、外国資本の積極的導入(金融特区の設置、製造業や金融業への優遇税制、IT産業分野の振興)により、1994から1999年の年平均成長率は8.5%、日本企業の進出も著しく、2003年には一人当たりGDPが37,822ドルとなった。(同年日本は32,859ドルだった)
(4) 世界の大変革:大変革のその1は、冷戦の終結によって中国を含め東側の安い労働力が溢れ出した事であり、その2はIT革命による価格の低下である、と野口氏は強調する。IT革命のもたらした事の一つはパソコンの出現であり、コンピューターの価格が劇的に下がり、大企業・大組織有利の前提は一変した。もう一つは通信コストの激減であり、米国企業のコールセンターは10年前に殆どインドに移ったし(米印間通信コストはゼロ)、労務費の安い所に業務委託するアウトソーシングが流行している。
(5) 企業価値:企業の時価総額を従業員数で割った一人当たりの時価総額(昨年度)を百万ドル単位で以下表示する。トヨタは0.54、キャノンは0.45、NTTは0.34 でまずまずであるが、松下電器は0.13、NECは0.08、日立は0.07と劣位にある(氏に言わせればエレクトロニクスは壊滅状態)。米国のFord Motor、GMはいずれも0.07であって、米国に自動車産業は要らない、中国に敵わないという事だと氏は力説する。かの有名なAT&Tも最近実質消滅したそうであり、古い産業は消え、新しい産業が生まれて行くのだそうだ。その新しい米国の産業はYahoo、MicrosoftCisco SystemsIntelAmazonなどであり、一人あたりの時価総額はそれぞれ8.44 4.86 3.35 1.91 1.85だそうだ。Googleに至っては37.8とか。
(6) 21世紀型企業:通信コスト零のグローバリゼーシヨンの時代となり、アウトソーシングによる安い労働力の活用が可能なので、比較的小規模で、ソフトウェアにより価値を実現している企業が世界をリードしているぞ、日本もしっかりしろ!と氏は言いたいようなのだが、確かにNEC・日立・ソニーなどの苦悩を見る時、その主張も分からないではないが、このような意味での21世紀型企業を日本に期待しても無理のような気がする。元エコノミスト誌東京支局長ビル・エモットは新著で「日本企業は技術上の革新のノウハウを米国から導入し、ハイテク製品やサービス業に特化して開発を進め、不断の努力で改良を着実に加えつつ、常に生産性の向上を図る事である」とアドバイスしてくれているが、私もその辺が身分相応の日本人の身の処し方のような気がする。もはやトップにはなれなかろうが、已む無し。