垂直磁気記録方式ハードディスク装置(HDD)

 第53回大河内記念生産特賞には住金の「新しい製鋼プロセスの開発」と島精機の「無縫製の横編機の開発」が選ばれたが、今回の贈賞式で私が特に興味を持ったのは、東芝・日立両社の受賞業績である。共に掲題の装置の開発なのだが、東芝の受賞業績は「…の装置の開発と実用化」となっているのに対し、日立のそれは「…の装置の実用化」である。両社共にHDDの実用化に成功したのだが、技術的貢献度は東芝の方が高いと評価されたようで、同じ大河内賞でも東芝へは少しランクの高い「技術賞」が、日立へは「生産賞」が贈られた。
 ハードディスクはこれまでコンピューターのデーター記録装置として使用されて来たが、これからの情報化社会では携帯用音楽機器やディジタルカメラなど様々な用途に使用され始め、更なる大容量化・小型化が要求されており、その鍵を握る技術が記録密度の向上であるのは言うまでもない。従来のHDDには水平(面内)磁気記録方式(図上)が用いられて来たのだが、この方式には、記録密度を高めれば高める程、磁化エネルギーが小さくなり温度などの影響で磁化方向が乱されるとか、隣りあった磁性粒子が反発し不安定になるなど、原理上の制約があり、約200ギガビット/平方インチ(Gb/in2)が限界と言われていた(1ギガビット=10億ビット)。この限界を見越し、次世代記録方式として1975年に東北大岩崎俊一博士によって発明されたのが垂直磁気記録技術(図下)であり、1000Gb/in2が可能と予測され、今後20〜30使われる技術と言われている。ただ発明から量産実用化までに30年を要し解決されるべき課題が多かったようだが、問題点の原因をいち早く明確にし、それを解決するコンセプトと方法を打ち出し、世界に先駆けて量産化の口火を切ったのが東芝だった。東芝は当時として世界最高記録面密度133Gb/in2を持つ世界初の垂直磁気記録方式1.8in40GB/80GB(ギガバイト、1バイト=8ビット)のHDDを2005.6に量産出荷した。更に一年後の2006.8には179Gb/in2の商品を出荷している。
 一方日立は20年の基礎研究の末、2000年には当時世界最高の52.5Gb/in2を達成していたのだが、そして更に2006.9に研究レベルでは345Gb/in2に成功しているのだが、2.5(in)型HDDの量産化を開始したのは2006.7だったようだ。量産化には遅れをとったようだが、しかし市場規模の大きい2.5型を目指した為、現在までの出荷台数は東芝より多いようである。大河内記念会としては1.8inではあっても量産化に先行した東芝に軍配を上げたようであるが、いずれにしても、国内二社が切磋琢磨して開発実用化で世界をリード出来たのは本当に嬉しい事である。今後のHDDの動向であるが、2010年ごろには、記録面密度は600Gb/in2となって、容量は3.5inHDDで1000GB、2.5inHDDで300GBとなるようである。1995年では記録面密度は1Gb/in2に過ぎなかったのだから、その技術進歩に感嘆せざるを得ない。
 ところで、私が最近購入した携帯電話はベートーベンが何曲も入るし、300万画素のカメラとして使えて写真1000枚が記録可能とある。これは半導体フラッシュメモリーのお陰だが、「フラッシュメモリーとの競争はどうか」と贈賞式後の懇親会で東芝の受賞者に尋ねると、「携帯電話の容量は今1GBの
オーダーであり、二桁違う」との事。両者がしばらくそれぞれの分野を切り拓くのだが、いずれも大変興味深い技術開発ではある。