限られた日本の「裁量の余地」−その1           

今年1月に日経新聞から出版された、秋田浩之著「暗流」は、アジア太平洋の国際関係に関心を持つ者にとって格好の教科書である、と書評にあったからではないが、「米中日外交三国志」という副題に釣られて通読した。「中国の大国化に伴い深く静かに変化する米中関係」を論じ、両国のパワーゲームを分析しながら、それらに左右される我国の将来シナリオを書き、その上で当面我国が留意すべき事項を示していて、論理的・説得的である。プロローグは「米中、新冷戦か接近か。日本に迫る激震」、以下の各章は「中国の覇権を許すな――ペンタゴンのうごめき」「立ちはだかるキッシンジャーの王国」「ブッシュ政権、対中融和の葛藤」「知略めぐらす中南海の長計」「接近の法則は繰り返すか」「日本、突きつけられる連立方程式」「中国の台頭、日本に残されたシナリオ」である。米国ではペンタゴンを中心とする対中警戒派とキッシンジャー国務長官を中心とする対中協調派がしのぎを削っているが、いずれの政権も対中強硬路線で出発しながら、2年で協調路線に転じるのが、過去の常であったそうで、米国と中国の権力中枢に光をあて、米中関係の将来を展望した上で、日本が受ける影響とその採るべき対応策について考察している。
短中期の展望として、「日米同盟が堅持され、安定した日米関係が続く」という前提で、「米中関係の良否が日本とアジアに及ぼす影響」を著者は図6-1のように図式化し以下のように解説している。横軸は米中、縦軸は日中関係を示している。日本にとって無難なのは米中・日中共に安定したAのパターンであり、残りはいずれも何らかの危険を抱え込む事になる。米中・日中が共に悪化するDはアジアの緊張が最も高まるし、日中だけが緊張するBは日本のフリーハンドが減り埋没しかねない。Cは米中の板ばさみになる危険が避けられない。
少なくとも短期的には米中提携のフェーズが続く公算が大きいわけで、ここで日本を待ち受けている危険は、日本を蚊帳の外に置き中国との和解を決めたニクソンの「亡霊」のような、パターンBの悪夢である。中国はやがてG7のメンバーになるだろうが、その時米政府内で中国重視の機運が強まり、日本軽視の風潮が広がり始めるかもしれない、と著者は言う。
次は米中対立(新冷戦)のフェーズである。中国が大国への道をひた走るにつれ、下図で言えばCとDに近づく可能性が増す事は十分考えられる。日本周辺で米中紛争が起きた時、米軍が日本を前線基地として使用するとして、日本自らは米軍の作戦に関わらないという対応を採った場合、おそらく日米同盟は瓦解すると著者は言う。日本の目と鼻の先で米兵が大勢、血を流しているのを傍観すれば、米国内では「日本は本当に同盟国か」という声が上がるに違いないからだ。米軍支援を断るという選択肢は日米同盟を突き崩す危険がある事を念頭に置かなければならない。日米同盟はこれから数年、とりわけデリケートな時期に入る。米国が世界と結んでいる「同盟関係の寿命」の再検討を国防総省が始めている。米中、日中の関係が改善しているように見えても底流には日米と中国を冷戦型の対立に引き戻しかねない火種がくすぶっているのが現実である、と著者は一旦結ぶ。