市場か、政府か、選択の時                         

政治家や経済評論家の論争をTVで聞いていて不満なのは、お互いに相手の質疑に的確に応答せず、はぐらかしたりで噛み合わない事であるが、竹中慶応大学教授・山口北海道大学教授の「市場か、政府か、今こそ選択の時」と題する討論を中央公論9月号で読み、竹中氏の歯に衣着せぬ突っ込みに、流石のリベラル経済学者の山口氏もやりこめられ、教授と学生のやり取りのようになった。山口氏の構造改革批判に対する竹中氏の反論を要約してみるが、軍配はもちろん竹中氏に上げる。
1. 格差拡大と言われるが、そんな事は経済学的に正当化されない。ジニ係数で見ると、小泉改革の10年も前から日本も含め世界各国で格差はずっと拡大している。小泉内閣の5年間でジニ係数で見る格差の拡大は弱まっている、これが事実。構造改革で格差拡大が弱まったと言うべきだ。
2. 非正規労働の増加が全体の賃金水準を下げ、労働者から企業への富のシフトが起こった、とおっしゃるが、過去5年を見るとそれは正しい。しかし、更にその前10年を見ると逆の事が起こっている。経済の実力がないのに給料が上がり過ぎていたから、その後それを是正しただけの話。
3. 非正規雇用の増大は構造改革とは何の関係もない。1979年に東京高裁が出した「解雇権の乱用はまかりならん」との判例が原因。解雇が可能なのはどんな場合かについての高裁判例はまったく非現実であったので、企業防衛上1980年代から一貫して非正規雇用が増大して行ったのだ。
4. 今の日本の経済は悲惨だと言う事をもっと知らなくてはならない。今、世界の企業トップ100の中に日本企業は22位のトヨタ、100位のホンダしか入っていない。米国44社、英国でも11社。
5. 医療費削減したから、勤務医が過労になり看護師の待遇が悪くなったと言われるが、混合医療を導入するなど規制緩和をもっとやらなくてはならない。高度な医療の為に500万円払ってもいい、と言う人に自由診療を認めれば、数兆円単位で社会保障費を減らせる。何故やらないのか。
6. 公立病院が次々と閉鎖されている。地方病院は、最近になって赤字になったわけでなく、昔から赤字だった。最近になって地方財政が苦しくなって来たから、削りやすいところを真っ先に削っているだけの事。地方財政が苦しいなら、公務員改革をやり、高い給料をまず下げるべき。
7. アメリカのジョン・ホプキンス大学病院が東京に進出しようとした時、厚労省・医師会から邪魔され、更にレセプトもカルテも電子化されていないと分かって、韓国ソウルに行ってしまった。
8. 最近の事で信じられないのは、JALという民間会社に政府保証を決定した事だ。ANAは海外から自力で調達している。何の法律的根拠もない、官僚の恣意的な介入がまかり通っている。
医療費に関する議論の終わりに山口氏は「医療や教育といった必須のサービスを市場を通して供給するアメリカ型の国にするか、それとも社会サービスを公的に供給する(消費税25%の)スウェーデン型の国を選ぶのか、選択しなくてはいけないという事ですね」と言い、竹中氏は「その通りです。そこまで行き着いて議論して欲しいのですよ。そこまで行き着けば、あとは価値観の問題で、どちらがいいか悪いかではなくなる」と諭す。山口氏は竹中氏の前で次のように正直に白状する。「私も、市場をなくせ、なんて言うつもりはありません。この種の話をすると、日本には本物の社会民主主義者が居ない事の問題を感じるんです。社会保障を充実させる為に国民の負担を増やさなくてはいけないと言うと、左派と言うか、福祉国家を目指そうと言っている筈の人達が、増税には反対だと言うんですね。彼らは今の政府は信用出来ない、と言うんです。そうなると竹中さんの議論に巻き込まれてしまう。所詮政府なんて信用出来ないから、小さな政府のままにしておきましょうと」竹中氏の卓越したディベートで論点が明確になったのだが、小泉竹中であと2年やるべきだったなあと残念に思う。