三瓶小豆原埋没林(島根旅行―1)

11月末の三連休を活用し石見銀山・三瓶山(さんべ)登山・出雲大社を中心に島根県に出かけた。20日6:30出発で中国道を西へ、三次ICで降り北上し三瓶山方面に向かう。三瓶山の北麓にある島根県立三瓶自然館の1駐車場(右下写真、背景は三瓶山)にお昼前に到着。この自然館は自然系博物館で、H3開館、H14新館別館拡充、H15埋没林公園開園と発展して来、大山隠岐国立公園三瓶山地区のビジターセンターとしての機能を併せ持った施設だ。まず大型ビジュアルドーム映像で、この地域の素晴らしい自然と生立ちを知る。1万年〜3500年間の噴火で、現在の4山(男三瓶山・女三瓶山・子三瓶山・孫三瓶山)となったそうだ。展示も興味深い充実した内容だが、何と言っても小豆原(あずきはら)埋没林が圧巻で、自然館にも展示はあるが、ここから車10分の現地展示棟に、巨木が保存されているので、早速出掛けた。
 場所は三瓶山から北北東4.5kmの小豆原である。 以下は各種パンフレットの要約である。『1983年の事だが、水田整備工事の際、地中に直立する巨木が出現した。掘れども続く幹。「不思議な木だなあ」と皆が思いながら、忘れられて行った。1990年、地元の火山研究者が、工事中の写真を目にして、「これは三瓶火山の歴史を語る貴重な存在に違いない」と直感し独自調査を始めた。「巨木を掘り出して三瓶自然館に展示しよう」と本格的な発掘調査が行われ、1998年秋、ついに水田の下から一本の巨木が現れた。その後の次々の巨木発見により、世界でも例を見ない巨大な地底の森の存在が判明し、それは「三瓶小豆原埋没林」と命名された。放射性炭素を使った年代測定で、森は3500〜3700年前に埋もれた事が分かり、これは三瓶火山の最後の噴火と一致した。小豆原の谷に土石流が流れ込み、木々が倒されずに耐えた事、その後に火砕流の直撃を受けた事が明らかになった。巨木の樹種は大半がスギで、トチノキケヤキ・カシが混じり、大きなものは根回り約10m、生きていた時の推定樹高は約50mと分かった』左下の写真は発掘保存展示棟の内部であり、一旦掘り出し建物を作った後、元あった位置に戻したものである。4000年前の縄文林を触って改めて日本の古代史に思いを馳せた。
 ここ三瓶地区の北部から、山の西側をぐるっと半周して、山の南麓にある今夜の宿に向かう。左側に西の原と言うススキの原と、その先にょっきりと立つ、明日登る予定の男三瓶山を見ながら、ホテル「さひめ野」に到着。これは旧カンポの宿であったようで、2年半前に大田市が譲り受けた後、民間経営になったそうだ。責任者(カンポの時代から継続)に聞くと、「人員もだいぶ減らしましたが、若い人には転職してもらい、地元の比較的高齢者で運営しております」との事だった。部屋も食事も温泉もなかなかいいサービスだし、カンポの宿の民営化が変な横やりで元に戻るのは、腑に落ちない事である。