揺らぐ沖縄

 産経新聞に「刷り込まれた・反基地」の副題で掲題記事が掲載された。以下はその要約。
戦後、米軍統治下にあった沖縄で、県民は一丸となって本土復帰運動に取り組んだが、その先頭に立ったのがまじめな教員達だった。S22に発足した「沖縄教育連合会」は、S27に「沖縄教職員会」と改称され、日本の教科書の使用・国旗掲揚/国歌斉唱・童謡民謡/愛唱歌集作成などを教職員全員が推進した。ところが、本土復帰運動が一段と高まったS38頃、「沖縄を階級闘争の拠点に」と、本土でイデオロギー闘争を繰り広げていたグループが参入し始め、教職員会もその余波で徐々に左傾化して行った。沖縄返還に向けての日米共同声明がS44に出されると、「米軍基地が残る欺瞞的返還だ」として闘争は更にエスカレートした。本土復帰(S47)の前年に、教職員会を解散し、新たに沖教組(沖縄県職員組合)が結成された。沖教組は、米軍基地撤去などを求める闘争を全国的に展開する為、日教組に正式加盟し、反米軍基地闘争・反日運動を開始すると共に、子供達に対し反日教育を徹底して行うようになった。以前の教職員会が果たして来た使命に終止符が打たれ、沖教組は県民に反日イデオロギーを刷り込む機関と化したと言う。
本土復帰から8年後、当時中学生だった40代のある男性は「『日中戦争以降は最低、最悪、極悪非道の軍隊だった』とか、天皇陛下は本の中だけの存在で、天皇家は税金の無駄使いだ」と教えられたと言う。更にこの男性は11年前、当時小学校1年の長男の担当教員から「音楽の教科書に『君が代』が載っているが、学校では教えない。悲惨な戦争が日の丸の名の下に引き起こされたからだ」と言われ、「国歌はちゃんと学校で教え、判断は子供に任せるべきだ」と抗議したが、相手にされなかったと言う。今でも状況は同じのようだ。入学式や卒業式で国旗は掲揚されるが、準備するのは校長や教頭、教員は何もしない。国歌斉唱の際には曲は流されるが教員は起立しないし歌わない。生徒と父母は,起立はするが「君が代」を学んでいないから歌えない。
沖縄では毎年6月23日の「慰霊の日」が近づくと、県内の各小中高校でS20年の沖縄地上戦を題材とした平和教育の特設授業が行われる。だがその内容たるや、「平和教育」から大きくそれたものとなっている。かつて教壇に立った元県立高校校長は「如何に沖縄の民が苦しんで死んで行ったのかを教え込み、鬼畜日本兵・鬼畜日の丸・鬼畜君が代一点張りで、結果として愛国心のない子供を増やしてしまった。日本兵がどれだけ悪かったかを知らしめるビデオを流し、誤った歴史観を刷り込む事で反日感情被害者感情を植えつけ、それを反基地闘争に利用している」と自戒を込め指摘する。又ある県立高校教員は、沖教組の「罪」を「県民に反保守の意識を植え付けた。米兵の事件は批判するが、中国の潜水艦が領海侵犯しても大きな問題にしない。沖縄は左翼思想に犯され過ぎている」と告発する。更に沖教組の元関係者は「沖縄は政治闘争に利用されて来た。偏向教育を受けた若者が言論リーダーとなっている事も拍車をかけている。自虐史観を除去し、沖縄がどこに向かうのかを真剣に考えなければならない」と沖縄の将来を危ぶむ。この5月25日、名護市で開かれた対話集会に記者は参加したが、沖教組の男性がまず口火を切って「米軍はもちろん反対だが、自衛隊も受け入れられない。我々の親兄弟は日本軍に虐殺されたんだ」と声を荒げてまくしたてた、と報告している。[筆者コメント]私は最近、「学校の先生が国を滅ぼす」「民主党日教組」の二冊を通読した。実際の教育現場は想像を絶した荒廃の真っ只中にあるようだ。衆議院議長日教組出身で非武装中立の旧社会党員だし、民主党参院議員会長は「教育に政治的中立なんてない」と叫ぶ日教組役員だと思うと、我国はどうなる事かと空恐ろしい。