調教タイム自動計測装置ALISの開発         

今から20年も前になろうか、住友金属システム事業部時代に子会社のスミセックと共に掲題の開発を行った事がある。このアイデアを長い間暖めていた京都の某ベンチャー企業の社長Y氏の仲介で、日本中央競馬会(JRA:Japan Racing Association)から開発を依頼されたものである。顧客のニーズは調教時に一団となって走る多頭数の馬のラップタイムを正確に自動計測したい、調教処方への調教師によるデータ活用はもとより、出走予定馬の調教情報をファンへ提供したい、と言う事であり、設置場所は滋賀県栗東トレーニングセンター(1969年誕生、関西にある4競馬場を主戦場とする競走馬の調教施設)内の坂路調教馬場(幅7mの直線の坂道で当時は約800m(計時装置は500m)、現在はカーブを含めて拡張され全長約1100m)であった。因みにそれはJR草津駅からタクシーで20分程度の所にある。
昔の記録を繰りながらこの装置について若干解説する。まず馬の同定だが、騎手の後ろの馬の腰の部分に台布付ゼッケンを装着してもらい、これに挿入した特殊バーコードにより行う。バーコードの大きさは235mm×170mm、断面は1.75mm厚(ポリカーボネイトの下地材が1.5mm、白フィルム0.15mm、黒フィルム0.1mm)であり、一方、地上10mの高さに設置されている検出ヘッド内の回転ミラーで近赤外のレーザー光がバーコードをスキャンするのだが、白フィルムに埋め込まれたガラス球によって、この光は来た光路と同じ路を帰ると言う「光再帰性」を持つ事になっていて、検出ヘッド内の検出器によりバーコード番号が読みとれるわけである。馬が2.8cm進む毎に計測するという精度が特徴と言える。当時我々は尼崎のスミセック構内でテストを続けた後現地に設置したのだが、1988.6.15には公開実験が行われた。その後数多くの改良を重ねた結果正式導入が決定され、1989.10.31に竣工となった。納入後約3年は、雷で電子回路が故障するとか、騎手がバーコードをきれいに拭いてくれないとか、苦心惨憺の連続であったが、開発責任者のT君はその間諦める事なく一つひとつ解決してくれたし、それが認められ数年後茨城県美浦トレセンにも同様の設備が導入されたのだった。
あれから年賀葉書のやりとりしかなかったY氏だが、今年突然の来訪を受けALISの話になったところ、故障でデータが出ないと新聞社そして競馬ファンから大変なお叱りを受けるそうで、今では無くてはならない設備になっているそうだ。氏は栗東トレセンには自由に入場できる顔役であり、一度連れて行ってもらうべくお願いしたのだが、早速にもその機会が与えられ、エリザベス女王杯(京都競馬場、11月11日)の3日前の早朝に、Y氏の会社の顧問という事でトレセンを訪れた。ここはいわゆる周回コースが主設備なのだが、その脇に写真のような直線の坂路があり、200m毎に検出ヘッドが設置されている。写真では4頭だが、道幅7m一杯に走る場合もある。事務所内では、騎手・調教師・新聞記者が大勢おり、テレビには刻々とラップタイムが表示されていた。その昔予定通りに完成せず、トレセンで一番えらい場長さんに謝りに行った事を思い起こしつつ、それにしても後輩がこの開発設備を引き継いで保守し、周回コースにもいずれ設置すると頑張っている事に感銘を受けた。Y氏に教えてもらったので、エリザベス女王杯の前日のスポーツ新聞を買って見ると、出走馬の坂路馬場ラップタイムが詳しく載っている。「栗坂12.7秒」「美坂13.5秒」とあるのが栗東美浦のそれぞれの坂路馬場での記録であろう。我らのユニークな設備によるラップタイムが、20年後の今でも競馬ファンにこのような形で見つめられているとはすっかり忘れていたが、それにしても懐かしい限りである。