日本人よ、矜持を持て――その1

昨年9月発刊の、元外務次官・村田良平氏回想録の最終第14章は「日本人よ、恥を知り、矜持をもて」なのだが、「かつては自尊心高き民族だった日本人が、何故かくも矜持を失ったかの根源は、60年以上前の米国の日本占領にある」という日頃からの私の思いと同じであり、ここにその要旨を紹介したい。
第1節:戦争の継続としての占領 総理就任直後の安倍氏は、民主党の菅氏の質問に対し、所謂「河野談話」「村山談話」を踏襲する旨、(心ならずも)答えたが、これは、安倍氏に期待していた心ある国民層に失望を与えた。菅氏は過去十数年にわたり同じ質問をして来たのだが、民主党のみならず自民党にも菅氏と同じ考えの人々がいるのは事実で、この事例一つを見ても改めて、日本人が占領軍から受けた洗脳と去勢の度が如何にひどいものかを、村田氏は痛感している。米国の日本占領は、前例のないもので、軍事的無力化及び民主化と称する日本改造に加え、日本の軍事面外交面での米国への半永久的従属化をその目的としていた。クラウゼヴィッツは「敵の国を壊滅しても国民が残ればいずれその国は再建される、しかし国民の意思・魂を壊滅してしまえば完全に敵国を壊滅出来る」と言ったが、米国は六年余の長い占領によって正に日本国民の意思・魂を壊滅しようとし、相当の成果を挙げたと村田氏は言う。
 第2節の1:大きい後遺症を残した占領政策 占領政策の中、日本の国民精神に大きな後遺症を残したのは次の五つだと言う。(1)新憲法 (2)東京裁判 (3)教育の民主化 (4)公職追放 (5)洗脳工作。 (2)については、「戦勝国による裁判の形をとったリンチ」であったし、明白な国際法違反である広島長崎に対する原爆投下・東京以下の諸都市への焼痍爆弾攻撃を、日本の侵略戦争の処罰という事で、正当化するという狙いがあったと。(3)については、特に問題は教育内容の改変で、教育勅語の停止・新教育基本法制定・修身歴史地理の廃止・修身科の廃止などを挙げ、更にこれらに代わって登場した大東亜戦争の侵略性の強調・共産主義その他の左翼思想の肯定が日教組・全教という組織を通じて教育界に広まり、文部省の無見識と事無かれ主義・教育委員会の有名無実化と相まって昭和50年頃までの日本の教育に深刻な影響を与えたと指摘している。(4)については、大企業・官界・言論界に於いて、国民精神の支柱となり得る哲学を持った人々が激減し、法学・政治学・経済学系で追放された人々の後は、ほぼ八割方左翼思想の人々が復活又は新たに登場して、重要大学の教授陣を占めてしまったという。最後の(5)洗脳工作だが、米国式民主主義導入なら、公序良俗に反するもの、日本の軍事無力化政策に反するもの以外は、言論は基本的に自由化すべきなのに、およそ米国にとり都合の悪い事実・事項については、報道は全面的に検閲され、その多くは公表を禁止された。(広島長崎の原爆被害の写真は占領終了迄公表禁止だった)
第2節の2:日本人側の責任 以上のような諸政策はGHQ民政局に居た左寄りの軍人によって推進されたのだが、米国本国では国務省のケナンのように、民政局の推進する日本占領政策は極めて危険であって、日本人を将来共産主義者としてしまう危険すらあると早くから危惧する人達も居て、占領後半ではかなり軌道修正が行われはした。しかし残念ながら、国民の一定世代は、例外的な人々は勿論居たが、占領軍の宣伝による、又は占領政策を自己の利益に利用した日本人自身(所謂進歩的文化人等の学者・教育者・マスコミ)による洗脳作業の犠牲者となった。菅直人氏は最も典型的な犠牲者であり、かつ、本人は、自分がどれだけ洗脳されてしまっているかをもはや自覚出来なくなっていると村田氏は判定する。戦争に突入していった軍人・外交官の大罪を痛烈に批判するにやぶさかでないが、冷戦が終わるや欧州各国では、マルクス主義思想や経済政策を唱えていた人達は教職や新聞コラムからどんどん消え失せて行ったのに、我国では反省者も転向者もないまま、かかる勢力が居残っているのは正常ではないとし、その奇現象に村田氏は呆れている。私も占領政策の犠牲者の病の一日も早い快癒を祈る一人である。