日本に必要な核抑止力

小学館101新書「中国の核戦力に日本は屈服する」(伊藤貫著、2011) を読み終え、現代史復習の最終コーナーのテーマと思い、以下に要旨を記し、諸兄の関心を高めたい。著者は25年間ワシントン在住の国際政治・経済アナリストで、国際政治学で言うリアリスト派 (軍事力の均衡を重視) の立場で、記述を進めている。英国はその昔、欧州で最強国になった国―スペイン・オランダ・フランス―を次々叩いて、自国の独立を保持し大英帝国を築いて来たし、米国も英国を見習い、第一次世界大戦では英仏に味方して独を叩き、第二次大戦では英仏中ソに味方して日独両国を叩いた、と振り返っている。戦後の冷戦期にソ連に対して「封じ込め」政策を実行したのも、覇権国となりそうな国を叩くというパワーバランス原則に基づくものだし、米国が2002年に発表した「国家安全保障戦略」も欧と亜で覇権国の出現を許さない方針を明確にしているそうだ。
 中国について著者は、米国の学者・官僚との議論を通じ、次のように言う。古代王朝時代からリアリスト思考であり、冷戦後の中国外交はリアリズムそのもの。表向きは「王道」外交を主張するが、実際は「覇道」外交であり米国と同じ。日本人の目には米中ともに欺瞞に満ちた覇権主義外交と映るが、それは東アジアの地政学的現実なのだ。これに対し目をつぶり、「東アジア共同体」などと能天気なのが日本のトンチンカンな所だ。中国の戦略は、2020年頃までは米国との本格的衝突は避け、米国の上層部には「米国と覇権争いをするつもりなし」と繰り返し宣伝する。日本には自主防衛能力を持たせないように、あらゆる画策を行う一方、露・欧・韓・東南アジア諸国を味方につけようと努力する。2020年代に中国は世界一の経済大国になると同時に、巨大な軍事力を獲得して近隣諸国に思い通り命令するようになる。現在カンボジアミャンマーに中国海軍が使用する海軍施設を建設中だが、2020年代後半にはマラッカ海峡の支配権を握る。
2030年頃には、軍事バランスは「中国優位、米国劣位」になり、米中は最も危険な状態になる、と米国の多くの学者は考えている。米国の劣位についてだが、米軍トップのマレン大将は「米国の安全保障政策にとって最大の脅威は、米国の財政事情である」と繰り返し述べていると言う。伊藤氏はこれに関し、今後、米国の軍事費削減が不可避となる事情を五つ挙げている。それらは、ベビーブーム世代の大量引退・医療費の高騰・人口のヒスパニック化・不公正な所得配分・経済的な合理性を欠く国際通貨制度である。これらの結果、米国は、中東や東アジア地域に対する軍事的コミットメントを縮小せざるを得なくなると言うのだ。
冷静な国際政治学者として著名なシカゴ大学ミアシャイマー教授は、『米国は、中国がアジアの覇権国になる事を止められない。米国の軍事力に頼っているだけでは、日本は独立国としての存在が困難。日本人が今後、中国覇権の支配下に入る事を拒否したいならば、自主的な核抑止力を持たざるを得ない。しからざれば、日本はいずれ中国の属国になるしかない。今回の「中国の台頭」は、過去の独・日・ソ連からの挑戦よりも、はるからに手強くはるかに危険。』と分析する。米国の政治家・外交官・軍人の大部分は、米国が日本を守る為に核武装した中国と戦争する事はない、と思っているにも拘わらず、その本音を日本に向かって発言する人は少ないと著者は言う。
さて著者の結論だが、先制核攻撃の為の弾道核ミサイルでなく、報復核攻撃の為の「巡航核ミサイル」の保持を提案しており、具体案は『核弾頭付き巡航ミサイル300基とそれを搭載する30隻の潜水艦』である。この為に必要な毎年の軍事予算は1兆円だそうで、我が国の政・官・学・業各界のリーダーは真剣に考え、国民を説得し早期の実現に取り組むべきと筆者は考える。